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水戸徳川ゆかりの地   

長勝寺

仏殿 木造大迦葉像
仏殿木造大迦葉像

文治元年(1185年)源頼朝公が武運長久を祈願して創建したと伝えられ、臨済宗妙心寺派に属し、海雲山と号する古刹である。
長勝寺は、国・県・市指定文化財を数多く所有し、潮来市の史跡を訪ねる上に欠かせないものの一つである。中でも国の重要文化財に指定されている銅鐘には、「客船夜泊常陸蘇城(かくせんやはくす ひたちのそじょう)」と記された銘文があり、当時の潮来の情景を知るうえからも貴重な資料である。
長勝寺は、一時荒廃したが江戸時代の元禄年間(1688~1703年)、水戸藩主・徳川光圀(義公)によって再興された。同寺の山門は、その折に延方に移築の普門院旧跡に残された山門を引き移したものである。
JR潮来駅から徒歩15分

潮来陣屋跡

潮来陣屋跡

潮来陣屋は、元治元年(1864年)武田正生(耕雲斎)の提言で潮来郷校や鹿島神宮などに参集した尊王攘夷派を鎮圧するため、弁天山に建設したものである。しかし、この目的とは反対に尊王攘夷過激派の拠点と化し、元治甲子の争乱で、幕府掃討軍の麻生藩兵によって焼き打ちにされた。
JR潮来駅より徒歩20分

潮来祇園祭

潮来祇園祭

水郷の穀倉地帯を一望にする五丁目の天王山に、うっそうたる巨木に囲まれて鎮座する旧潮来町の総鎮守素鵞熊野神社の例祭として8月初旬の3日間盛大に行われる。
まつりの起源は、神社の由来と密接な関係がある。素鵞熊野神社はもと素鵞神社と熊野神社に分かれていた。
素鵞神社は、天安2年(858年)漁夫によって浪逆浦により引き揚げられた神輿を、旧辻村の天王原に奉斎したのが創祀と伝えられている。そして文治4年(1188年)町内四丁目の天王河岸に遷座した際、神楽ばやしと獅子舞が奉納されたことに始まるといわれている。

一方、熊野神社は、もと熊野三社大権現とよばれ、町内五丁目にあったが、元禄9年(1696年)水戸藩主徳川光圀の命により、牛頭天王宮とともに現在の地に遷座されたという。このとき山車の供奉もあり、全町挙げての盛大な両社の鎮座祭が行われたと伝えられている。その後、浪逆浦より引き揚げられた神輿は、旧鹿島郡塙村の鎮守祭の川おろしの折に紛失したものと判明したため、安永5年(1776年)同村に返還した。同年、氏子がはじめて神輿を新調し、町内渡卸が行われたと伝えられる。
以来、潮来ばやし(県指定無形民俗文化財)も組織化し、各町内の囃子連の競演も盛んとなり、各町内の山車の供奉・獅子舞と合わせて今日の祭礼の形態がつくられていったものと考えられる。

二十三夜尊堂

二十三夜尊堂

この堂宇は、文化4年(1807年)に創建された延方学校(郷校)の聖堂で、棟札の墨書から文政3年(1820年)に建立されたことが明らかである。聖堂の内部には水戸藩主・徳川斉脩(なりのぶ)の親筆「至聖先師孔子神位」の木碑が安置されていた。明治5年(1872年)廃校に伴い、明治11年(1878年)現在地に移築されたものである。
堂は、移築に際して土台・床張り・扉位置・屋根を鉄板葺にするなど改造されているが、粽付の円柱、組物、扇たるき等の一般唐様の手法を用いながら、円形または半円形断面のたるき棟木等の部材を用いたり、天井を張らずに内陣を高い化粧屋根裏、外周外陣天井をむくり天井にするなどの儒教建築らしい特異な手法で、一般社寺建築には見られない技法を用いた建造物である。
昭和49年3月31日茨城県指定文化財となる。
JR潮来駅より徒歩30分

延方郷校跡

郷校跡の内田山
郷校跡の内田山

延方郷校は、延方の井村松亭(通称水戸屋先生)が金沢藩士沢田平格を招いて塾を開いたのが始まりで、儒学を中心に実用教科や医術武術にいたるまで、今の高等学校や大学程度の内容まで教えた。教授として久保木蟠竜や宮本茶村も来訪した。蔵書も儒学書、日本文学、歴史伝記等1,962冊あったと言われ、幾多有為の人材を育成した。明治5年(1872年)学制発布に伴い、延方小学校の分教場となり明治10年廃校になった。聖堂は辻地区に移築され、二十三夜尊になっている。
JR延方駅より車で10分。

延方相撲(鹿嶋吉田神社)

延方相撲(鹿嶋吉田神社)

江戸時代、潮来市徳島一帯では、下幡木村(神栖町)と漁場をめぐる紛争や、また農耕地の利権、耕作権の争いが絶えなかったが、寛文12年(1672年)7月27日にこの紛争に対して江戸幕府から徳島一帯が水戸南領に属すとの裁定があり、それを記念して寛文13年(1673年)相撲祭を延方村鎮守鹿嶋吉田神社に奉納したことがはじまりである。
この相撲祭は、現在毎年7月の最終日曜日に行われており、祭礼の約1ヶ月前から種々の行事が始められる。祭礼の当日は、早朝より当番地区から神社までは宮行司、警護、世話人、総代、花相撲と古式ゆかしい行列がくり出される。
相撲は神社境内に築かれた土俵で「二番勝負」「一番勝負」「新手二人がかり」「小三番」「大三番」など古式の取り組み48番が奉納されている。
昭和39年7月31日茨城県指定文化財となる。
JR延方駅より徒歩15分。

普門院地蔵堂

普門院地蔵堂

徳川光圀の命により当時の潮来村から延方村に移築された普門院地蔵堂の蛙股(かえるまた)・頭貫(かしらぬき)・木鼻(きばな)等の建築細部の様式は、いずれも木太く風格堂々としたもので室町時代末期の特色を示している。内陣の須弥檀(しゅみだん)背面の来迎柱から正面の側柱まで長く伸びた17尺(約5メートル)の大虹梁(だいこうりょう)の側面の唐草文様及びこれに側柱から架けた海老虹梁(えびこうりょう)は見事である。
建築年代は、天和3年(1683年)であり、地蔵堂の貴重な記録として、来迎柱の裏面に朱書きで遊女たち70名の名前が書かれており、建築学的にもまた民俗学的にも極めて価値の高い建造物である。
平成5年4月23日潮来市指定文化財となる。
JR延方駅より徒歩15分。

愛染院

愛染院

北浦を一望に見渡す水原の地に長い歴史を刻んで建つ愛染院は、真言宗豊山派に属し、東雲山愛染院根本寺と称し、水原の観音様(安産・子育の御神)として近郷近在の女人の信仰を集めている。
県及び市指定文化財を多数所有し、収蔵庫に保管されているが、依頼すれば拝観も可能である。
JR延方駅より車で10分。

 

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