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先人のあしあと   

宮本茶村の墓

宮本茶村の墓 宮本茶村
宮本茶村の墓宮本茶村

詩人・教育者・庄屋・郷士、そして考証学者として数多くの業績を残した郷土の先人・宮本茶村は、文久2年(1862年)6月25日、郷土の潮来で70歳の生涯を閉じた。法名は仁誉義礼信士。茶村の死をいたむ送葬者は千余人と伝えられる。墓は宮本家の菩提寺浄国寺に隣接する旧邸内にある。明治40年(1907年)11月15日正五位を追贈されたが、昭和58年に宮本茶村先生顕彰会が結成され、墓地内に「宮本茶村顕彰碑」が建立されている。

JR潮来駅より徒歩15分

潮来の大けやき

潮来の大ケヤキ
潮来の大ケヤキ

潮来の天王様として親しまれている素鵞熊野神社(そがくまのじんじゃ)の入口にある大けやきは、樹周り目通り約8m、高さ約14m、推定樹齢約500年で、その姿は、威風堂々として、夏には大きな陰をつくり、参拝者の涼となっている。このような大樹は当地方で珍しく昭和39年7月31日に県の天然記念物に指定された。

JR潮来駅より徒歩20分

稲荷山公園

野口雨情詩碑
野口雨情詩碑
 
稲荷山公園から望む潮来市街
稲荷山公園から望む潮来市街

長勝寺の裏山に稲荷山公園がある。このなかには、鬱蒼とした杉林の中に稲荷山古墳群があり古代の歴史をしのぶことができる。
また、「おれは河原の枯れすすき」で始まる潮来船頭小唄で有名な野口雨情の詩碑があり、そこから望む潮来市街は絶景である。
昭和25年5月茨城県百景に選定される。

JR潮来駅から徒歩25分

葛飾北斎と「常州牛堀」

葛飾北斎「常州牛掘」
葛飾北斎「常州牛掘」
 
水郷北斎公園
水郷北斎公園

北斎は宝暦10年(1760年)下総国葛飾郡本所で生まれ、十余歳の時彫刻師について木版彫刻を学び、また貸本屋の徒弟となり貸本を見ていたことが、画業に志す契機となった。
北斎は自他共に認める奇人変人で、画号は30回も変えた。北斎の号は人に福寿をもたらすと言われる、北斗七星の信仰(妙見菩薩)からきた名である。
それまでの浮世絵が役者絵、美人画であったが、北斎は風景を主題にとり込んで浮世絵に新風を吹かせた。なかでも代表作は「富嶽三十六景」で、人々の信仰の対象であった富士山を街道や海から眺め、そこに暮らす人の姿を、大胆な構図と遠近法、陰影・明暗を巧みに用い、大喝采を博した。
「常州牛堀」は三熊野神社前の河岸から眺めて描かれたとされる。一艘の苫船が船足を休め、遙か向こうに富士山を配し船頭が朝食の支度か、船べりからとぎ汁を流している。それに驚いた白鷺が二羽飛び立つという図柄となっている。

潮来市立図書館(2階郷土資料展示室)

郷土資料室
郷土資料室

旧牛堀第一小学校の建物。廃校になった小学校を有効利用して、平成18年5月に潮来市立図書館がオープンしました。
その一画、2階奥の二教室分のスペースに郷土資料を展示しています。
子子舞塚古墳より出土した円筒埴輪を始めとする鏃(やじり)や刀子(とうす)などの出土品や、地元の文人墨客を説明したパネル、昔の農機具などが展示されています。

開館時間10:00~19:00(金曜日13:00~19:00)休館日月曜日・第3水曜日
JR潮来駅より車で10分

関戸覚蔵顕彰碑

関戸覚蔵 関戸覚蔵顕彰碑
関戸覚蔵関戸覚蔵顕彰碑

関戸覚蔵は、弘化元年(1844年)潮来村で生まれた。少年時代に宮本茶村先生の塾で学問に励み、青年時代は、幕末の水戸藩の党争の真っ直中を生き抜いた。
その後、明治維新による近代の夜明けとともに、明治9年(1876年)潮来村戸長(現在の村長)に任命された。また、自由民権運動に共鳴、参加し、民権結社「公益民会」を興し、国会開設の請願に当たっては茨城県委員の総代を務めた。
こうした自由民権運動を背景に、明治14年には行方郡選出の県会議員に当選して活躍、明治24年には、「いはらき」新聞を創刊し、自ら初代社長に就任、同25年には衆議院議員に初当選する。
多年の政治、言論活動で家産を傾けた先生は、晩年、政界を引退し清貧のなかで著述に専念、明治36年「東陲民権史」を刊行した。大正5年(1916年)5月9日73歳の生涯を閉じた。

JR潮来駅から徒歩15分

潮来を愛した先人達(文人・墨客・政治家など)

水戸藩主・徳川光圀、徳川斉昭、立原翆軒「鹿島行紀」、高田与清「鹿島日記」他、伊能穎則「潮来節」訳歌、渡辺崋山「四洲真景」
北原白秋「潮来の黎明」「潮来の入江」、小川芋銭・犬田卯「水郷秋色」、水原秋桜子「潮来十二橋」、三島中洲「霞浦遊藻」、徳富蘆花「水国の秋」他、大町桂月「関東の山水」、若山牧水「水郷めぐり」、田山花袋「北浦を下る」、真壁博「珍自転車霞ヶ浦一周記」、竹内栖鳳

"治水の父"の顕彰碑

須田誠太郎 須田誠太郎顕彰碑
須田誠太郎須田誠太郎顕彰碑

須田誠太郎翁は、明治14年旧香澄村牛堀の須田幹三の長男として生まれた。明治大学商学部を卒業し、大正7年38歳の若さで香澄村長に就任、以来牛堀町長まで7期、昭和2年に県議会議員となりその後3期務めた。
幾度も見舞われた洪水の被害の悲惨さを経験したり、そのために母が過労で倒れる等のこともあって、洪水問題の解決に生涯を捧げることとした。利根川の堤防、横利根川の閘門、神宮橋や北利根橋、水郷大橋の架橋にと奔走し"治水の父"とまで謳われた。
それにより牛堀名誉参与となり、茨城県功績賞、明治百年記念特別功績賞等数多く受賞した。
昭和44年10月八十八歳で逝去したが、偉大な業績を讃え霞ヶ浦湖畔に顕彰碑が建てられた。その形も方と円とで組み立てられ、「水は方円の器に随う」という意味を表したものである。

 

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